誰でもわかる国際理解教育や国連支援活動を中心としたblogです。              提供:資源循環プロジェクト

by fsun_rrp
 
「夏なのに雪は降り、夏ゆえ暖房なし」
1997年夏、某所の夏は暑く、思考が停止するような感じだった。摂氏38度になると全ての工場は停止するように法律はなっていた。
あろうことか、当局は予想以上に卑怯者で、決まって「昨日は38度を超えたらしい。」と翌日ニュースは流れた。
 そんなある日、帰国後直ちにモンゴルに行ってくれとの連絡が入る。
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食料支援だった、食料増産計画も担当した。「モンゴル語もロシア語も出来ません。」「英語が通じる!。」
背中を押された「嘘だった。」国家公務員が嘘をついていいのかあ!。
とにかく帰国後健康診断をして「航空機に飛び乗った。」
当初、関西空港から直行便に乗ろうとしたが、モンゴル国営航空の「727が火を噴いた」ので搭乗中止、聞けば韓国から2機買ったら1機おまけしたそうだが、その飛行機だった。
それで、北京経由にした。「いいなあ、夏にモンゴルに行けて。!こっちは炎夏だよ。」
 ウランバートル上空近くで、「地上が白い」ことに気がつく。飛行機の中で、膝が痛いくらい寒い、9月はじめである。
空港では皆、外套にあの帽子だった。現地スタッフに聞いてみた「今、秋ですか?」と。
「いやだなあ、夏ですよ夏。こちらは10月末までサマータイム実施ですよ。」嫌な予感がしたが、すぐに的中した。それも直後に大当たり。(モンゴルは、緯度が高く海抜も高い、夏でも雨が雪やあられにいつなってもおかしくない。)
 ウランバートルでの歓迎行事もそこそこに、翌日午後には地方に出張した、片道3日だった。
おもいきり走っても景色は変わらない、あせらないで行くことにした。
最初の宿、1泊3ドル、外便所だった。無駄なものは無く、屋根があったが下は溝だけ。
あたりには、雪が積もっていた。寒すぎて用も足せない。しかたなく寝ようとおもったが、寒くて眠れない。
そこで女将さんに交渉した。「暖房入れて下さい。」「夏なのに」「いや雪が降っているし」
「雪は勝手に降ってきているんだし、今は夏だから暖房が入らないの。」
 ホテルの窓は隙間と傾斜。その隙間から雪が舞い込む、部屋はブリザード状態。
翌朝、おきてすぐに同行の専門家の先生のへやを尋ねた。「生きていますか?!」
本気だった。部屋は、雪が舞い込み真っ白になり、布団の上にも積もっていた。
小刻みに震える山の麓から声が聞こえた・・・・・
「わしゃ、もう帰る!」もっともだと思った。
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by fsun_rrp | 2005-01-21 00:03 | 国際支援の現場から
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